箱崎跡地工学部放射線取扱施設の廃止措置

設備・情報技術室 大型設備管理班 赤司 健太

 

1. はじめに

 「廃止措置」という用語を目にしたことはありますでしょうか?放射線取扱施設を廃止するにあたって、使用した建物や設備・機器等の放射性物質による汚染の調査や、監督省庁への許認可申請手続きを指す用語です。
 箱崎キャンパスには、図1に示す核燃料物質と放射性同位元素の両方の使用許可を得た、「工学部放射線取扱施設」(以下「工学部施設」とします。)が設置されていました。九州大学の移転事業により、箱崎キャンパスの建物の多くは解体して更地化することとなりますが、放射線取扱施設は使用許可を有する限り、法令で定められる技術的基準(安全対策)を維持する必要があるため、建物を解体するためには廃止措置を実施しなければなりません。
 実施すべき廃止措置の事項としては、下記のものがあります。
 ・放射性物質(核燃料物質や放射性同位元素(RI))の譲渡、廃棄
 ・放射性物質による汚染の除去(除染)
 ・放射性廃棄物の譲渡、廃棄
 ・被ばく記録及び健康診断記録の引き渡し
 箱崎キャンパスから伊都キャンパスへの移転に際して、工学部施設はまず組織としてアイソトープ総合センター箱崎地区実験室と統合されました。移転先の建物は、2014年に新設されるアイソトープ総合センター伊都地区実験室(以下「伊都実験室」とします。)と一体化することとなったため、2006年に工学部の移転が完了した後も箱崎において施設利用が続けられました。
 2017年12月、原子力規制委員会から廃止措置計画の認可が下りたことで本格的な廃止措置がスタートし、2020年9月にようやく廃止措置が完了しました。しかしながら、それ以前から施設の利用と並行して、使用予定のない設備の廃棄や廃止措置に係る事前準備(過去の施設利用状況の調査、被ばく記録等の整理など)を実施しており、施設を廃止するためには約15年という気が遠くなるほどの時間を要しました。そこで、工学部施設の廃止措置で実施した数多くの作業の一例として、今回は「除染作業」をご紹介したいと思います。

図1 使用許可された放射線源と適用法令の関係

 

2.放射性物質による汚染の確認と除染作業

 廃止措置では部屋の床・壁・天井はもちろんのこと、施設内に設置されているドラフトチャンバー等の設備、排水管・排気管など、放射性物質と接触する可能性のあるすべての箇所の放射性物質による汚染(以下「汚染」とします。)を除去することが求められます。
 施設内のすべての箇所の放射線測定を行い、汚染のある箇所を特定しなければ汚染の除去ができません。そこで、図2のように1~4平方メートルごとに区切って測定ポイントを作り、番号を振ることで放射線測定データと汚染の状況を管理します。
 放射線測定では、図3に示すスミアろ紙で測定ポイントをふき取って測定試料を作り、ふき取り面に付着する放射性物質から放出される放射線を測定します。また、放射線測定器の検出器を各測定ポイントに近づけて、放射線を直接測定する方法も併用します。
 汚染が確認された測定ポイントは斫って汚染の除去を行います。除染作業時は放射性物質を体内に取り込まないように、タイベックや防じんマスクを着用します(図4参照)。除染後に発生する斫り片や除染ができなかった物品、作業時に身に着けていたタイベック等は放射性廃棄物として適切に処理しています。

測定ポイントの例(汚染が確認された測定ポイントは斫っています)
図2 測定ポイントの例(汚染が確認された測定ポイントは斫っています)
図3 スミアろ紙
図3 スミアろ紙(ふき取り面:直径25mm)
図4 除染作業の様子
図4 除染作業の様子

 放射線を測定して汚染状況を確認しますが、厳密には汚染が「ない」ことを確認することはできません。これは、放射線を測定する際に自然放射線からの影響(以下「BG(バックグラウンド)」とします。)が測定試料の測定値(NA)に反映されるため、また、“放射性物質から放射線が放出される現象”と“検出器内で放射線を電気信号に変換する過程”がともに確率的事象であり、得られる測定値にゆらぎがあるためです。
 測定値にゆらぎがない場合は、測定試料の測定値(NA)からBGの測定値(NBG)を差し引いて「正味の測定値(N, N = NA-NBG)」を算出し、「N ≧ 0」となるとき汚染があると判断できます。しかしながら測定値にゆらぎがある場合は、測定で得たNBGとNAの中に反映されている BGの大きさ(NA_BG とします)が異なるため、「N ≧ 0」となった要因が「NA_BG ≧NBG」となったためなのか、本当にNAが BGの影響よりも大きいのかを区別できません。
 放射線の測定では確率的事象を見ている都合上、正確な測定値を得ることが不可能であるため、測定試料から放出される放射線の量がBGと区別がつかないくらい小さい場合は、汚染が「ないものとみなす」ことになります。 BGと測定試料からの放射線の区別が可能となる測定値の境界線を「検出限界値」と設定し、測定値が検出限界値以上であるとき、汚染があると判断します。
 確率的事象によって生じるゆらぎの幅は統計的に評価することができるため、汚染を確認する際は、測定値のゆらぎが正規分布に従うと近似して正味の測定値(N)の標準偏差σNを求め、標準偏差を3倍(3σN)した値を「検出限界値」とすることが一般的です。正規分布は「平均値±3σ」の範囲で積分して得られる面積が必ず全面積の約99.7%となる分布のため、標準偏差の3倍をとれば測定値のゆらぎの幅の約99.7%を考慮することになります。
 したがって、正味の測定値Nが検出限界値未満(N-3σN < 0)であれば、GBの影響と測定試料からの放射線の区別ができないため汚染がないものとみなし、Nが検出限界値以上(N-3σN ≧ 0)であるとき、測定試料から統計的に有意な放射線の量が検出されているため汚染があると判断することになります。

図5 正規分布の確率密度関数

 
 検出限界値が汚染の有無の判断基準となるため、検出限界値が十分に小さい値となるように適切な測定時間を設定する必要があり、今回の廃止措置ではスミアろ紙を用いた放射線測定を1測定試料あたり2000秒(約33分)で実施しました。放射性物質の種類によって放出される放射線の種類も異なってくることから、1つの測定試料に対して3種類の放射線測定器を用いて測定を行っています。床・壁・天井、排水管等を含めると測定ポイントは1万箇所を超えたため、汚染の確認だけでも多大な時間を要しました。
 

3.廃止措置を経験して

 今回の廃止措置については、工学部施設の関係者全員が初めて体験する内容であったため、実施すべき作業や手続きが全く分からない状態からスタートしたと聞いています。関係者全員が手探り状態で進めてきた廃止措置が、法的手続きの不備や大きな事故もなく完了できたことに心から安堵しています。
 また、工学部施設の廃止措置には事前準備期間を含めて約15年を要していますが、私が関わった期間は、九州大学に入職した2015年からの約5年半になります。2014年に竣工された伊都実験室において、放射線管理を主業務とする工学部職員が必要となったため私が採用されました。伊都と箱崎を行ったり来たりしながら、この廃止措置の作業や他の業務を通して、諸先輩方から放射線管理技能を学ばせていただきました。前述のように、関係者全員が廃止措置に対する明確な正解を持ち合わせていなかったため、法令の解釈や必要な作業工程は全員で提案と検討を行いました。当然、素人の私も意見を発信することが期待されました。当時の私には非常に高いハードルに感じていましたが、今になって振り返ると、私の意見や作業に対して先輩方から適切なフィードバックを返していただき、確かな技能を身に着けられるよううまく導いていただいたのだと感じています。この場をお借りして感謝の意を表します。
 

4.おわりに

 本文章では、工学部施設の廃止措置で実施した除染作業をご紹介させていただきました。放射性物質を用いた教育・研究等の需要が減少傾向にあることや、施設の老朽化、施設管理する人材の不足など、様々な理由で他大学等でも放射線取扱施設を廃止する事例が報告されており、今後さらに増えていくことが予想されます。
 ほとんどの放射線取扱施設の管理担当者は在職中に廃止措置を一度経験するかどうかであるため、実際に廃止措置を担当することになった場合、廃止措置の実施に必要な作業や手続きの企画、それらの行為に対する法的な解釈などを一から学ぶこととなります。今回の工学部施設の廃止措置の事例が、他の放射線取扱施設の廃止措置の参考となるように、事例報告等を行っていきたいと考えています。
 工学部技術部では放射線取扱施設の管理だけでなく、エックス線装置に関する取り扱いや管理、放射線を利用するための手続きなど様々な相談に対応しておりますので、何か困っていることがございましたらお気軽にご相談ください。最後になりましたが、廃止措置を実施するにあたりご協力いただいた関係者の皆様にお礼申し上げます。
 
 

図1
図2
図3

箱崎キャンパスエネルギー量子棟屋上からの景色(2020年10月)